東京高等裁判所 平成4年(行ケ)12号 判決 1992年11月05日
原告 ベルクヴエルクスフエアバンドゲーエムベーハー
被告 武田薬品工業株式会社
主文
特許庁が平成2年審判第11606号事件について平成3年8月29日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第1当事者が求めた裁判
一 原告
主文同旨の判決
二 被告
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第2請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
被告は、発明の名称を「ガスの処理法」とする特許第1187119号(昭和52年7月4日、昭和48年7月12日特許出願に係る原出願からの分割出願、昭和56年4月27日特許出願公告(昭和56年特許出願公告第18247号)、昭和59年1月20日特許権設定登録、以下前記特許を「本件特許」といい、前記特許に係る発明を「本件特許発明」という。)の特許権者である。本件特許時(後記訂正前)の特許請求の範囲は、二1のとおりである。
被告は、昭和63年1月26日、本件特許の明細書の訂正を内容とする訂正審判を請求し、昭和63年審判第1469号事件として審理された結果、同年11月10日請求公告(特許審判請求公告第668号)されたので、原告は訂正異議の申立てをしたところ、特許庁審判官は平成2年3月8日異議申立ては理由がないとの決定とともに、上記訂正を認める審決(以下「訂正審決」という。)をし、平成2年6月20日訂正審判の確定登録がされた(以下、この訂正を「本件訂正」という。)。本件訂正後の特許請求の範囲は二2のとおりである。
そこで、原告は、平成2年7月6日本件訂正無効の審判を請求し、平成2年審判第11606号事件として審理された結果平成3年8月29日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年9月30日原告に送達された。
二 本件特許発明の特許請求の範囲
1 本件訂正前(特許時)の特許請求の範囲
(1) 窒素酸化物含有ガスをアンモニアガスの共存下、70~350℃で活性炭と接触させることを特徴とするガスの処理法(以下「訂正前第1発明」という。)
(2) 窒素酸化物含有ガスをアンモニアガスの共存下、70~350℃で、Ti、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Mo及びWから選ばれた一種が担持された活性炭と接触させることを特徴とするガスの処理法(以下「訂正前第2発明」という。)。
2 本件訂正後の特許請求の範囲
(1) 窒素酸化物含有ガスをアンモニアガスの共存下、150~250℃で活性炭と接触させることを特徴とするガスの処理法(以下「訂正第1発明」という。)
(2) 窒素酸化物含有ガスをアンモニアガスの共存下、150~250℃でTi、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Mo及びWから選ばれた一種が担持された活性炭と接触させることを特徴とするガスの処理法(以下「訂正第2発明」といい、訂正第1発明及び訂正第2発明を合わせて「訂正発明」という。)
三 審決の理由の要点
1 本件訂正は、特許請求の範囲を前項2のとおり訂正するとともに発明の詳細な説明の項中、
明細書3頁16行、4頁6行の「70~350℃」を「150~250℃」に、同6頁1、2行の「70~350℃、好ましくは110~250℃」を「150~250℃」に、
同6頁12、13行の「70~200℃」を「150~200℃」に、
それぞれ訂正し、かつ同8頁10行の「110℃」及び同10頁第1表(別紙2参照)の窒素酸化物の除去率(%)の欄中反応温度110℃の欄を削除するものである(以下訂正に係る明細書を「訂正明細書」という。)。
2 これに対し、審判請求人(以下「原告」という。)は、
(1) 本件訂正は、実質上特許請求の範囲を変更するものであるから、特許法126条2項の規定に違反し、
(2) 本件訂正は、訂正発明が、
<1> 同法36条5項の規定に違反する
<2> 同法29条2項の規定に違反する
ので、同法126条3項の規定に違反し、
同法129条1項の規定により無効とすべきである旨主張する。
3 そこで、前記主張について検討する。
(1) 主張(1) について
改正前の本件明細書(以下「訂正前明細書」という。)の実施例1の第1表(別紙2参照)は、110℃、150℃、250℃における窒素酸化物の除去率が示されており、反応温度150℃、250℃における窒素酸化物の除去率が前記110℃のものよりも向上していることが、また実施例2ないし7には、温度150℃、200℃、及び245℃における触媒活性の長時間持続効果が窺える。
この訂正前明細書の実施例について、原告は、次のとおり主張している。
「窒素酸化物の除去率に関し、被請求人(以下「被告」という。)自身が提出した昭和55年11月17日付実験成績証明書(以下「実験成績証明書1」という。)及び昭和63年1月19日付実験成績証明書(以下「実験成績証明書2」という。)によれば、処理時間が活性炭による窒素酸化物の除去率に影響することが窺われるのに、その測定時点、すなわち活性炭(及びそれに担持された金属触媒)による処理時間が明示されておらず、実施例1のデータは技術的に評価できない。また処理温度の臨界的意義が前記実験成績証明書2で初めて明らかになっている。
さらに、実施例1にはTi、Ni、Mo及びW(以下「Ni等」という。)についての110℃のデータがなく、出願当初に開示されていない事項に基づく訂正であるから、本件訂正は、実質的に特許請求の範囲を変更するものである。」
そこで、前記主張についてみると、一般に実験データの作成において、測定結果を比較検討しやすいように、目的とする変数以外の条件は一定で測定するのが当業者の常識であるところ、訂正前明細書実施例1の測定値は、処理温度における窒素酸化物の除去率の差を明確にすることにあるから、前記処理温度以外の処理条件は当然に一定な条件で実験が行われたとみるのが相当である。また、処理温度の臨界的意義も各実施例に明確にかつ具体的に記載され前記実験成績証明書で初めて明らかになったとはいえない。
さらに、実施例1のNi等のデータの欠如は、同実施例1の記載から明らかなようにたまたま数値がないことにとどまるものである。
しかして、訂正前明細書実施例1のデータによれば、150℃以上の処理温度には窒素酸化物の除去率の向上が、また実施例2ないし7には触媒活性の長時間持続効果が認められるから、本件訂正は、訂正前の反応温度範囲70~350℃をその最適な範囲に減縮するものといわなければならない。
もっとも、被告が提示した実験成績証明書には、本件訂正に係る150~250℃についての記載に多少の不明確な点があり、70℃以上150℃未満の反応温度でも長時間維持できることも読み取れなくはないが、訂正発明は訂正前明細書の実施例1ないし7に処理温度150~250℃の意味が具体的に説明されており、かつそれに基づく効果も前記温度範囲以外のものに比し顕著なものであるところから、前記70℃以上150℃未満の処理温度では達成できないものといわねばならない。したがって、前記実験成績証明書の結果をもって訂正発明の処理温度の限定に格別の意味がないということはできない。
さらに、訂正前明細書3頁16行、同4頁6行、同6頁1、2行、同6頁12、13行の訂正、同8頁10行の「110℃」及び同10頁第1表(別紙2参照)の窒素酸化物の除去率(%)の欄中反応温度110℃の欄の削除は、前記特許請求の範囲の訂正に基づく発明の詳細な説明の項を明確にするための当然の訂正と認める。
したがって、主張(1) は採用できない。
(2) 主張(2) について
主張(2) の<1>は、実験成績証明書1及び2のデータによれば、両者の窒素酸化物の除去率と温度との関係に矛盾があり、それが温度以外の処理条件の差に基づくものであるという被告の釈明を奇貨とし、前記処理条件である活性炭の比表面積、酸素含有量、空間速度(以下「比表面積等」という。)を発明の構成要件としない訂正第1発明及び第2発明は特許法36条5項の規定に違反するというにある。
訂正第1発明及び第2発明ともにその目的が本件明細書の記載からみて窒素酸化物の除去率の向上及び触媒活性の長時間維持にあるものと認める。そして、各実施例、すなわち、実施例1には窒素酸化物の除去率の向上が、実施例2、3には150℃における触媒活性の長時間持続効果が、また実施例6、7には200℃、245℃での除去率の長時間持続効果がそれぞれ具体的な数値をもって示されている。確かに、前記実験成績証明書によれば、触媒活性の長時間持続に、比表面積等が影響するかの観がある。しかしながら、前述のとおり処理温度の特定で窒素酸化物の除去率の向上及び触媒活性の長時間持続効果という訂正発明の目的が十分に達成できるものであるから、訂正発明は処理温度を構成に欠くことができない事項とすれば足り、前記比表面積等までも訂正発明の構成要件とする必要を認めない、すなわち前記比表面積等は付加的要件にすぎないというべきである。
したがって、主張(2) の<1>は採用できない。
次に、主張(2) の<2>を立証するために提示された書証には次の技術的事項が記載されている。
<a> ドイツ連邦共和国公開特許2157062号明細書(以下「引用例1」という。)
「廃ガスを活性炭よりなる充填層を通過させることにより廃ガス中の窒素酸化物特に二酸化窒素を除去する方法において、活性炭層の入り口で廃ガスに相応量のアンモニアを添加することを特徴とする廃ガスからの窒素酸化物の除去方法」(特許請求の範囲)
「窒素酸化物の除去は、吸着が、浄化されるガスの水蒸気露点よりも30℃を越えない範囲で高い温度、好ましくは15℃までの高い温度とするのがよい。本発明は、さらに、ガス温度をできるだけ高く、好ましくは90~120℃に設定すること、また水蒸気のジェット注入や水の散布によってガスの露点を適切に調節することを含んでいる。」
<b> ドイツ連邦共和国公開特許1594674号明細書(以下「引用例2」という。)
「硫黄酸化物、酸素及び水蒸気を含有するガス、特に煙道ガスから硫黄酸化物を炭素含有吸着剤を使用して除去する方法において、吸着剤堆積層内に流入前の煙道ガスの中に、または直接吸着剤堆積層中へ、アンモニアを添加することを特徴とする硫黄酸化物の除去方法」
<c> 岩波書店発行「理化学辞典」248頁(以下「引用例3」という。)
活性炭が触媒担体として使用されること。
<d> 米国特許3008796号明細書(以下「引用例4」という。)
窒素酸化物を含有するガスとアンモニアの混合ガスをコバルト、ニッケル及び鉄から選ばれる触媒の存在下に反応させて窒素酸化物を窒素に還元すること。反応温度は250~800°F(約121~約427℃)好ましくは300~600°F(約149~約316℃)であること。触媒担体はアルミナ、シリカゲル、珪藻土及び同様な触媒担体であること。
<e> 米国特許3279884号明細書(以下「引用例5」という。)
「酸素を含むガス混合物から窒素酸化物を選択的に除去するための方法であって、前記ガス混合物に少なくとも化学量論的に必要な量のアンモニアを添加して前記窒素酸化物を還元する工程を含み、前記ガス混合物へのアンモニアの添加を、酸化バナジウム、酸化モリブデン、酸化タングステン及びこれらの混合物よりなるクループから選択した触媒の存在下、前記ガス混合物の還元前の温度が150~400℃で、前記触媒の単位体積当たりに混合ガスが3,000~80,000体積部(標準圧)の供給量となるように行うことを特徴とする窒素酸化物の選択的除去方法」。そして、該触媒を担持する担体物質として酸化アルミニウム、珪酸が挙げられている。
<f> ドイツ連邦共和国特許1259298号明細書(以下「引用例6」という。)
「アンモニア又は適用される反応条件のもとでアンモニアを分離するアンモニア化合物を用い、高い温度でガスから窒素酸化物の窒素への触媒還元により窒素酸化物を除去するための方法であって、触媒として酸化鉄及び酸化クロムからなる混合酸化物が使用されることを特徴とする方法」
I 訂正第1発明について
訂正第1発明の要旨は、前項2(1) 記載のとおりである。
これに対し、引用例1には、前記のとおり、窒素酸化物をアンモニアガスの共存下で活性炭と接触するガスの処理法が記載され、かつ処理温度について、「水蒸気露点より30℃を越えない範囲で高い温度」、「ガス温度をできるだけ高く好ましくは90~120℃に設定する」と記載されている。
確かに、引用例1記載の発明の特許請求の範囲には温度範囲について直接的な記載がないところから、前記温度範囲以上の温度をも包含するとの観もあるが、常圧の露点は100℃が最高であり、それに30℃を加えても最高が130℃になるにとどまる。もっとも露点は加圧下では100℃以上になり、それに30℃を加えれば理論的には150℃以上にもなり得る。しかしながら、引用例1には加圧についての記載はないところから、引用例1記載の処理温度は常圧での温度にとどまるというべきである。そうであるから引用例1には150℃の処理温度について示すところがないといわねばならない。
また、引用例2、引用例3には訂正第1発明の構成要件について何ら示すところがない。
しかして、訂正第1発明は、処理温度を150~250℃とすることにより本件明細書に記載されたとおりの顕著な効果を奏するものである。
(訂正前明細書の実施例及び前記実験成績証明書では、処理温度の比較を最高110℃で行っていて、150℃近くの温度、例えば140℃等についてのデータがなく150℃を特異温度とみることができないが、臨界的な範囲とは前記特異温度を上下の点とする範囲をいうのではなく、前記臨界的という範囲それ以外のものに比し優れた効果が認められればそれをもってよしとするものであり、訂正第1発明には顕著な効果が認められる。)
してみると、訂正第1発明は、引用例1ないし3に記載された事項に基づいて当業者が容易に想到し得たということができない。
II 訂正第2発明について
訂正第2発明の要旨は、前項2(2) 記載のとおりである。
これに対し、引用例4ないし6には、Ti、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Mo及びW(以下「Ti等」という。)から選ばれた一種を活性炭に担持した触媒で窒素酸化物含有ガスを処理することについて何の記載も示唆もない。しかして、訂正第2発明は前記の触媒を用いて150~250℃の処理温度で処理することにより、訂正前明細書の各実施例に記載されたとおりの顕著な効果を奏するものである。このことは、昭和57年3月15日付実験成績証明書(以下「実験成績証明書3」という。)に前記効果がより明瞭に示されていることからも首肯できる。
したがって、訂正第2発明は、引用例4ないし6に前記引用例1ないし3を付加しても当業者が容易に想到し得たということができない。
4 以上のとおりであるから、原告の主張する理由及び証拠方法によっては、本件訂正を無効とすることはできない。
四 審決の取消事由
訂正明細書の特許請求の範囲には、発明の構成に欠くことができない事項が記載されておらず、また、訂正第1発明は当業者が引用例1及び2記載の発明に基づいて容易に発明することができたものであり、訂正第2発明は当業者が引用例3ないし6記載の発明に基づいて容易に発明することができたものであって、訂正発明は特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから、本件訂正は特許法126条3項の規定に違反し、無効である。しかるに、審決は、以上の点についての認定、判断を誤った結果、原告の主張する理由及び証拠方法によっては、本件訂正を無効とすることはできないとしたものであって、違法であるから、取り消されるべきである。
1 訂正発明を実施するに当たっては、処理温度以外に、活性炭の比表面積、ガス中の酸素含有量、ガスの空間速度等の処理条件が活性炭の触媒活性に影響を与えるから、これらの処理条件は、訂正発明の構成に欠くことができない事項である。
すなわち、実験成績証明書1は、訂正前の温度範囲(70~350℃)において活性炭による触媒活性が長時間持続することを示し、実験成績証明書2は、訂正後の温度範囲(150~250℃)のみにおいて窒素酸化物の除去率が長時間持続又は向上し、150℃未満ではかかる効果が得られないことを示すものであるが、被告の訂正異議答弁書(甲第7号証)によれば、両実験成績証明書におけるこのような相違は、処理温度以外の活性炭の比表面積、酸素含有量、空間速度の相違によって生じたものである。したがって、これらの処理条件は一定の効果が一定の温度範囲で得られるか否かを決定している因子であるから、訂正発明の構成に欠くことができない事項である。
また、訂正明細書の実施例2の第2表(別紙1参照)には、反応温度を150℃とした場合の活性炭による窒素酸化物の除去率が示されているが、これによると、窒素酸化物の除去率は、反応時間7時間経過後で流通ガス中に水蒸気及び酸素が存在せずかつ活性炭単独及び鉄担持の場合、並びに反応時間3時間及び12時間経過後で活性炭単独の場合において、いずれも技術的意議が認められない程度に低く、その殆どが除去されずに残っている。このことは、訂正発明に技術的意議を認めるためには、水蒸気又は酸素の存在が必須構成要件であることを意味している。
そして、訂正明細書に記載された実施例1及び3ないし7は、処理温度が一定の除去率を達成するための必要条件であることを示すにすぎず、そのための十分な条件であることまでは示していない。
したがって、処理温度以外に、活性炭の比表面積、ガス中の酸素含有量、ガスの空間速度等の処理条件も訂正発明の必須構成要件であることは明らかであるから、本件訂正は、特許法36条5項(昭和50年法律第46号による改正前、以下同じ)の規定する要件を満たしていない。
2 訂正第1発明の要旨は、前記二2(1) 記載のとおりであって、これを構成要件毎に区分すると、
窒素酸化物含有ガスを活性炭と接触させること
窒素酸化物含有ガスにアンモニアガスを共存させること
反応温度を150~250℃にすること
である。
これに対し、引用例1には、窒素酸化物含有ガスをアンモニアガスの共存下で活性炭と接触させることを特徴とするガスの処理法が開示されており、反応温度はできるだけ高く設定すべきとし、好ましい具体的温度範囲として90~120℃が例示されている。
そして、引用例1には、特定温度範囲にしなければ廃ガスから窒素酸化物を除去できなくなる旨の記載はない。このことは、引用例1記載の発明の特許請求の範囲1項では温度が限定されていないこと、従属的事項として特許請求の範囲3及び4項に90~120℃の温度範囲及び水蒸気露点より30℃を超えない高い温度という条件が記載されているにすぎないことから明らかであって、例示された好ましい温度範囲が90~120℃であるからといって、引用例1記載の発明の温度範囲にこれを超える範囲が包摂されないとすることはできない。また、水蒸気露点は圧力等によって変化するが、引用例1には、反応圧力を特定範囲に制限しなければ廃ガスから窒素酸化物を除去できなくなる旨の記載はなく、その方法を常圧のみに限定すべきでない。
したがって、訂正第1発明と引用例1記載の発明とは、後者が150~250℃の温度範囲を内在しつつも、その温度範囲が積極的に記載されていない点でのみ相違する。
ところで、引用例2には、煙道ガスから硫黄酸化物を除去する方法として、炭素含有吸着剤(例えば、活性炭)にアンモニアの共存下200℃の温度で接触処理する方法が記載されており、引用例2から、少なくとも200℃の温度と活性炭とを結びつける技術が公知であったことが判る。
しかも、訂正明細書には、訂正第1発明において処理温度を150~250℃とすることについての臨界的意義(その数値限定の上限と下限とがある急激な変化をもたらす特異点であること)を示す記載はない。
すなわち、訂正明細書には、訂正前明細書に存在していた150℃未満のデータが削除されており、引用例1が好ましい範囲として開示している90~120℃との比較すら行えないから、温度範囲150~250℃に限定した訂正第1発明の作用効果は訂正明細書からは不明である。また、その実施例1には、窒素酸化物の除去率について110℃と150℃以上での比較はあるが、90~120℃との比較がないから、公知技術に対する優位性を示したことにならない。さらに、実施例2ないし7は、150℃以上における窒素酸化物の除去率を示すが、150℃未満における除去率との比較がないから、これらの実施例に基づいて訂正第1発明でのみ得られ、公知技術では得られない特有の作用効果があるとすることはできない。
また、被告が提出した実験成績証明書1は150℃未満であっても、70℃以上であれば活性炭の触媒活性を長時間維持できることを示すのに対し、逆に実験成績証明書2は150~250℃でないと、活性炭の触媒活性を長時間維持できないことを示しており、訂正第1発明の構成要件である150~250℃に特有の作用効果があるとすることはできない。さらに、窒素酸化物の除去率についてみても、実験成績証明書2は長時間経過後における150℃以上と150℃未満との除去率の差が触媒活性の長時間持続効果により生じたものであることを示すにすぎず、また実験成績証明書1には150℃についてのデータが欠落しているから150℃以上の場合と150℃未満の場合における除去率を比較することができない。
したがって、訂正第1発明は、当業者が引用例1及び2記載の発明に基づいて容易に発明することができたものであって、特許法29条2項の規定により特許することができないものである。
3 訂正第2発明の要旨は、前記二2(2) 記載のとおりであって、これを構成要件毎に区分すると、
窒素酸化物含有ガスを活性炭と接触させること
窒素酸化物含有ガスにアンモニアガスを共存させること
反応温度を150~250℃にすること
活性炭にTi、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Mo及びWから選ばれた一種が担持されていること
である。
これに対し、引用例4には、窒素酸化物含有ガスから窒素酸化物を接触還元除去するための金属触媒としてコバルト、ニッケル及び鉄を、触媒担体としてアルミナ、シリカ、シリカゲル、珪藻土を用いることが開示されており、引用例5には、同様に目的の金属触媒としてバナジウム、モリブデン、タングステンの酸化物を、触媒担体として酸化アルミニウム、珪酸を用いることが開示されており、引用例6には、同様の目的の金属触媒として酸化鉄及び酸化クロムが開示されており、これら引用例4ないし6記載のガス処理法は、窒素酸化物含有ガスにアンモニアガスを共存させること及び反応温度を150~250℃にすることにおいて、訂正第2発明と共通する。
したがって、引用例4ないし6記載のガス処理法と訂正第2発明とは、前者では金属媒体がアルミナ、シリカ、シリカゲル、珪酸又は珪藻土等に担持されるのに対し、後者では金属触媒のための担体としてアルミナ等に代え活性炭を選択したことのみで相違する。
そして、引用例3には、活性炭が触媒担体として使用し得ることが記載されており、活性炭が150℃以上の温度と結びつくことは、引用例2から公知である。また、活性炭が単独でも窒素酸化物含有ガスから窒素酸化物を除去し得ることは引用例1に開示されている。
したがって、訂正第2発明の構成は、前記公知技術の組合わせに過ぎず、当業者であれば用意に推考できたものである。
審決は、「訂正第2発明は前記の触媒を用いて150~250℃の処理温度で処理することにより、訂正前明細書の各実施例に記載されたとおりの顕著な効果を奏するものである。このことは、実験成績証明書3に前記効果がより明瞭に示されていることからも首肯できる。」と認定、判断している。
しかしながら、訂正明細書記載の各実施例は、引用例4ないし6記載の活性アルミナ等に金属触媒を担持させた場合との比較を行っていないから、これらの公知技術に対する優位性を示したことにはならない。
また、実験成績証明書3には、活性炭に金属触媒を担持させた場合の方がアルミナに金属触媒を担持させた場合よりも窒素酸化物の除去率が高くなることが記載されているが、この記載は訂正第2発明を実施するに当たって必要な処理条件(処理温度、活性炭の比表面積、ガス中の酸素含有量、ガスの空間速度)をある一点の特定条件とした場合に生じる差異を証明したにすぎす、訂正第2発明の効力が及ぶすべての範囲で引用例4ないし6記載の発明では得られない作用効果を奏することを証明するものではなく、さらに引用例4ないし6記載の発明では、触媒担体としてアルミナのみならず、シリカ、シリカゲル、珪酸又は珪藻土等も具体的に記載しているのであるから、アルミナのみについて訂正第2発明の優位性を示したとしても、引用例4ないし6記載の発明に対する優位性を示したことにはならない。しかも、引用例4の実施例1にはコバルト触媒をアルミナに担持させた場合には、反応温度417°F(約214℃)で窒素酸化物の除去率が98.7%という極めて高い率が達成されることを示しており、訂正第2発明がこれより高い窒素酸化物の除去率を達成することは殆ど期待できない。
したがって、訂正第2発明は、前記公知技術の組合わせから予想される作用効果の総和を凌駕する顕著な作用効果を奏するものではなく、審決の前記認定、判断は誤りである。
以上のとおり、訂正第2発明は当業者が引用例3ないし6記載の発明に基づいて容易に発明することができたものであって、特許法29条2項の規定により特許することができないものである。
第3請求の原因に対する被告の認否及び主張
一 請求の原因1ないし3の事実は認める。
二 同4の審決の取消事由は争う。審決の認定、判断は正当であって審決に原告主張の違法はない。
1 実験成績証明書1及び2は、いずれも訂正発明が要件としている反応温度条件150~250℃の温度範囲の採用が他の温度を採用する場合に比して窒素酸化物の除去率の点で有利であることを示しており、訂正発明を直接具体的に支持しているという意味で両者は整合している。訂正発明の反応温度範囲外の低温側にみられる両者の相違は、訂正発明を具体化した実験を行うに当たって必要となる具体的諸条件(活性炭の比表面積、酸素含有量、空間速度)の相違によって生じたものである。
原告は、処理温度以外に、活性炭の比表面積、ガス中の酸素含有量、ガスの空間速度等の処理条件も訂正発明の必須の構成要件であることは明らかである旨主張する。
しかしながら、活性炭の比表面積等の諸条件を異にする実験成績証明書1及び2のいずれもが訂正発明の必須の構成要件である反応温度150~250℃の範囲では、他の温度に比べて窒素酸化物の除去率が反応時間の経過とともに高くなる傾向を示している。このことは、反応温度150~250℃の範囲では活性炭の比表面積等の諸条件にかかわらずガス中より窒素酸化物を除去する触媒活性が長時間にわたって維持される作用効果がより顕著であることを示すものであるから、活性炭の比表面積等の諸条件が訂正発明の必須の構成要件であるとする原告の主張は誤りである。
そして、訂正明細書の発明の詳細な説明の欄には、訂正発明において窒素酸化物含有ガスをアンモニアガスの共存下に活性炭と接触させる際に150~250℃の温度範囲を採用しなければならないことが一貫して説明されており、また、実施例もこの温度範囲の上限、下限を採用した場合も含めて開示し、この要件を欠くガスの処理法に比べて窒素酸化物の除去の作用効果が優れていることを具体的に示している。
原告は、訂正明細書の実施例2の第2表(別紙1参照)について、水蒸気又は酸素の存在が必須の構成要件であることを意味している旨主張するが、実施例2は、ガス中に酸素が共存すると活性炭の触媒活性が著しく向上することを実証するものであり、そのために実験条件を酸素の共存効果が明確に現れるような条件としたものであって、水蒸気や酸素が必須の構成要件であることを示すものではない。実施例は、発明の必須の構成要件のみで構成されるものではなく、それ以外の付加的、補助的要件をも交えて構成されるものであり、活性炭の比表面積等の諸条件によって影響を受けるのは事実であるが、これらの条件は訂正発明を具体的に実施する上で好ましい結果をもたらすように考慮すべき条件ではあっても、訂正発明の構成に欠くことのできない事項に含まれるものではない。
したがって、本件訂正は、特許法36条5項の規定する要件を満たすものである。
2 引用例1には、窒素酸化物含有ガスをアンモニアガスの共存下で活性炭と接触させることにより廃ガス中の窒素酸化物を除去する方法が開示されているが、反応温度に関して廃ガスの活性炭との接触温度は水蒸気露点を30℃越えてはならないとし、好ましい温度として90~120℃の範囲を開示しているのであって、その処理方法には反応温度に限界があることを示している。このことは、引用例1に「窒素酸化物を除くために最も好ましいガスの温度は露点付近である。」(明細書2頁14行ないし16行)、「吸着温度は露点を30℃を越えてはならない。吸着温度は露点を15℃以上越えないように調整するするのがよい。」(同頁16行ないし20行)、「露点は水蒸気又は水を噴霧することにより上昇せしめることが提案される。」(同頁21行ないし24行)と記載されていることから明らかである。
そして、常圧における露点を100℃より高くすることは不可能であり、引用例1記載の発明において吸着温度は30℃を越えてはならないから、訂正第1発明で規定する下限である150℃でガスを処理するためには露点が少なくとも120℃でなければならず、そのためには2気圧まで加圧しなければならないが、引用例1には加圧下において行うことについては全く記載されていないから、この発明においては常圧における露点(すなわち100℃)より30℃高い130℃が最も高い温度である。
したがって、引用例1記載の発明は訂正第1発明が規定する150~250℃の温度を開示するものでも示唆するものでなく、この引用例1の教示に反してこれより遙かに高い150~250℃の温度を採用することは当業者が容易に想到できたことではない。
また、引用例2記載の発明は、煙道ガスから硫黄酸化物を除去する方法に関するものであって、窒素酸化物の除去方法とは全く技術内容を異にするから、引用例2に示された吸着温度を引用例1記載の発明と結び付けることはできない。
原告は、訂正明細書には処理温度を150~250℃とすることについての臨界的意義を示す記載がない旨主張する。
しかしながら、発明の進歩性の判断において重要なことは、構成要件の容易性とその構成要件から奏される作用効果の予測性であって、これらの検討に臨界的意義なる概念は必要でない。
そして、訂正第1発明が引用例1及び2記載の発明から当業者が容易に想到し得ないことは前記のとおりであり、訂正明細書に記載された各種の実施例から、訂正第1発明の窒素酸化物の除去に関する作用効果の顕著性は明白である(訂正前明細書には、110℃で行った窒素酸化物の除去データが表1(別紙2参照)に示されており、このデータは、引用例1の実施例に示された107℃にほぼ対応するから、訂正第1発明が引用例1記載の発明に勝っていることは明らかである)。
3 訂正第2発明は、訂正第1発明において使用する活性炭触媒に特定の金属、すなわちTi、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Mo及びWから選ばれた一種の金属を担持させたものを触媒として使用するものである。
引用例4ないし6には、それぞれ窒素酸化物を含む廃ガスから窒素酸化物を除去する方法に関する発明が記載されているが、それらのいずれにも活性炭を担体として使用することの開示はもちろん、その使用を示唆する記載も見だせない。
一方、引用例1には活性炭を90~120℃で使用することは記載されているが、この活性炭に特定の金属を担持して150~250℃で使用することについての記載も示唆もなく、引用例2に開示されているのは硫黄酸化物を吸着剤としての活性炭より除去する方法であって、窒素酸化物の除去方法ではない。
また、引用例3は、理化学辞典であって、活性炭の一般的用途として触媒担体があることを示すのみで、具体的にどのような触媒とともに使用されるかについては何も明らかにされていない。
したがって、原告が提示した以上の引用例からはアンモニアの共存下に窒素酸化物含有ガスをTi、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Mo及びWから選ばれた金属が担持された活性炭と接触させることは示唆されていない。
しかも、訂正第2発明は、さらに反応温度を150~250℃とすることをも構成要件としており、訂正第2発明の構成は、前記各引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明できるものではない。
そして、訂正第2発明は、その構成によって活性炭単独使用の場合及びアルミナを担体として使用する場合に比して優れた窒素酸化物の除去効果を奏することができるものであって、このことは、実験成績証明書3の記載内容から明らかである。このような作用効果は、活性炭の使用を教示しない引用例4ないし6記載の発明及び金属触媒の使用を教示しない引用例1記載の発明に基づいて当業者が容易に予測できるものではない。
また、原告は、訂正明細書記載の各実施例は、引用例4ないし6記載の活性アルミナ等に金属触媒を担持させた場合との比較を行っていないから、これらの公知技術に対する優位性を示したことにはならない旨主張する。
しかしながら、訂正明細書第3表(別紙1参照)は反応温度150℃、第6表(別紙1参照)は反応温度200℃、第7表(別紙1参照)は反応温度245℃をそれぞれ採用した場合の結果を示しており、これによれば訂正第2発明の活性炭に担持された金属触媒による窒素酸化物の除去の作用効果は顕著であり、このような作用効果は引用例1、引用例4ないし6記載の発明から当業者において予測できないものである。このことは、アルミナ担体を使用した場合の比較例を含む実験成績証明書3により一層明らかである。引用例4及び5には、アルミナ以外の担体も開示されているが、それはそれぞれの方法においてアルミナと均等なものとして挙げられているから、その代表例としてアルミナを使用した場合を比較例として対比すれば十分である。
原告は、引用例4の実施例1にはコバルト触媒をアルミナに担持させた場合には、反応温度417°F(約214℃)で窒素酸化物の除去率が98.7%という極めて高い率が達成されることを示しており、訂正第2発明がこれより高い窒素酸化物の除去率を達成することは殆ど期待できない旨主張するが、訂正第2発明の活性炭-コバルト触媒を使用した方法が遙かに優れていることは、実験成績証明書3の記載により明白である。
第4証拠関係<省略>
理由
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、同2(本件特許発明の特許請求の範囲)、同3(審決の理由の要点)の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由について判断する。
1 成立に争いのない甲第3号証によれば、訂正明細書には、訂正発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。
(1) 訂正発明は、窒素酸化物(主にNOとNO2との混合物)を含有するガスの処理方法、詳しくは、窒素酸化物を含有するガス、例えば排ガスにアンモニアを混入し、活性炭に接触させ、窒素酸化物を窒素に変換して除去する方法に関する(1頁右欄下から6行ないし2頁左欄1行)。
従来窒素酸化物を除去する方法として、<1>水又はアルカリ水溶液等による吸収法、<2>銅触媒等による接触分解法、<3>白金触媒等による接触分解還元法、<4>シリカゲル、ゼオライト、活性炭等による吸着法等が知られているが、<1>はNOに対して殆ど効果がなく、NO2を吸収した廃液の処理に問題があり、<2>はO2、SO2等との共存ガスによって接触活性が大幅に低下し、反応温度は500℃以上の高温を必要とし、<3>はO2が共存するとき、還元性ガスとO2との反応が起り、還元性ガスを消費し、反応熱でガス温度が急上昇して触媒の活性低下を招き、<4>は吸着剤の窒素酸化物吸着能力が十分でなく、特にシリカゲル、ゼオライトの吸着能力が著しく低下し、また吸着した窒素酸化物含有を脱離し再生する必要がある等の問題がある。
訂正発明は、前記のような問題点を解決することを技術的課題(目的)とする(2頁左欄8行ないし36行)。
(2) 訂正発明は、窒素酸化物含有排ガスをアンモニアガスに吹き込み、150~250℃で活性炭に接触させること、さらに活性炭がTi、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Mo及びW等の金属の一種を含有することによって、前記技術的課題を解決することを見いだし(2頁左欄35行ないし右欄1行)、特許請求の範囲1及び2記載の構成(1頁左欄下から右欄下から8行)を採用した。
(3) 訂正発明は、前記構成により、ガス中にO2が共存する場合、活性炭の窒素酸化物の還元活性が大幅に向上し、またSO2及びH2O が存在しても触媒活性が低下することがなく、窒素酸化物と硫黄酸化物の同時除去が可能であり、さらに、訂正第2発明においては、活性炭単独の場合に比べ、窒素酸化物の還元速度が速く処理温度を低くすることができる等の作用効果を奏する(2頁右欄末行ないし3頁左欄15行)。
2 原告は、本件訂正は特許法126条3項の規定に違反し無効であるのに、原告の主張する理由及び証拠方法によっては本件訂正を無効とすることはできないとした審決は違法である旨主張するので、原告の主張する審決の取消事由について、逐次検討する。
原告は、まず訂正発明を実施するに当たっては、処理温度以外に、活性炭の比表面積、ガス中の酸素含有量、ガスの空間速度等の処理条件が活性炭の触媒活性に影響を与えるから、これらの処理条件は、訂正発明の構成に欠くことができない事項であるのに、その記載を欠く本件訂正は同法36条5項の規定する要件を満たしていない旨主張する。
同法36条5項は、「第2項第4号の特許請求の範囲には、発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない。」旨規定する。この規定の趣旨は、特許請求の範囲は特許権の効力の及ぶ客観的範囲である「特許発明の技術的範囲」を定める基本となるものであるから、明細書の発明の詳細な説明に開示された発明の構成に欠くことができない事項のみを特許請求の範囲として記載することを特許出願の要件としたものであって、この規定の趣旨に鑑み、ここに「発明の構成に欠くことができない事項」とは、当該発明の技術的課題を達成するために必要不可欠な技術的事項・技術的手段を意味するというべきである。
そして、何が必要不可欠な技術的事項・技術的手段であるかは、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者、すなわち当業者が当該発明の出願当時の技術水準に基づいて理解するところに従って判断すべきであり、技術常識に属する事項を含め当業者にとって自明の技術的事項や条件は、当業者が適宜設定できるものであるから、これを特許請求の範囲に記載することは要求されていないというべきである。
これを本件について見ると、前掲甲第3号証によれば、訂正明細書の実施例1ないし7において用いられた活性炭は比表面積200m2/gないし1,280m2/gのいずれも武田薬品工業株式会社が製造し販売している活性炭であって、訂正発明において用いられる活性炭は比表面積が本件出願当時当業者に周知のものであることが認められる。
また、前記1(1) 認定事実によれば、訂正発明は、窒素酸化物を含有するガスに活性炭を接触させ、窒素酸化物を窒素に変換して除去する方法に関するものであるが、窒素酸化物は窒素ないし窒素化合物が酸素と反応して生成するものであり、窒素酸化物含有ガス中には未反応の酸素がある程度含まれていることは当然であって、当業者であれば、ガス中の酸素含有量は通常の反応後の廃ガスに含まれる酸素の量であればよいと理解することは技術的に自明である。
さらに、ガスの空間速度については、処理すべきガスの流量及びガス中の窒素酸化物濃度、目的とする処理後のガス中の窒素酸化物濃度、触媒層を有する該処理装置の処理能力等の兼ね合いを考慮して当業者が適宜設定できる性質の事柄であり、ガスの空間速度は大幅に変えられ得ることも技術的に自明であるから、このような観点から当業者が適宜設定すれば足りる条件にすぎない。
訂正発明の特徴の一つは処理温度を150~250℃とする点にあることは前記1(1) 認定事実のとおりであり、活性炭の比表面積、ガス中の酸素含有量、ガスの空間速度等の処理条件はごく普通の従来周知のものないし当業者が適宜設定し得るものにすぎず、訂正発明を実施するに当たって必要な条件ではあっても、特許請求の範囲に記載しなければならない必要不可欠な技術的事項・技術的手段とはいえない。
成立に争いのない甲第4号証の2及び第5号証の2によれば、原告の指摘する実験成績証明書1と2の記載の間における矛盾、相違は150℃未満の訂正発明の特許請求の範囲外の温度領域でのことであり、150~250℃の温度範囲では、このような矛盾、相違点はない(実験成績証明書1では、200℃と250℃で窒素酸化物の除去率が時間の経過とともに向上し、実験成績証明書2でも150℃と200℃と250℃で窒素酸化物の除去率が時間の経過とともに向上している。)。
また、原告は、訂正明細書の実施例2において、処理するガス中に水蒸気及び酸素が存在しない場合の窒素酸化物の除去率は技術的意義が認められない程低いから、訂正発明は水蒸気及び酸素の存在が必須構成要件である旨主張する。
前掲甲第3号証によれば、実施例2において、第2表(別紙1参照)に示された(反応後7時間経過後の)処理するガス中に水蒸気及び酸素が存在しない場合の窒素酸化物の除去率は3%と低く、ガス中に酸素が共存する場合活性炭の触媒活性が向上することを示しているが、この場合の処理ガス中の窒素酸化物濃度は1.0%であって、他の実施例(例えば実施例1、3ないし5の0.2%)に比較して非常に多いことに鑑みるとその絶対値が低いことから技術的意義がないとはいえない。また、前掲甲第3号証によれば、訂正明細書には、「本発明における対象ガスは、窒素酸化物(NO,N2・O3など)を含有するガス一般であり、特に窒素酸化物を含有する排ガスたとえば火力発電所あるいはその他各種の工場のボイラーのいわゆる煙道排ガス、化学工場、金属精錬工場などの排ガスなどが含まれる。」(2頁右欄9行ないし15行)と記載されているように、工業的にはボイラーからの煙道ガスには、有機化合物の燃料と空気中の酸素との反応(燃焼)により生成する水蒸気及びもともと空気に含まれていた水蒸気や未反応の酸素が含まれているのが普通であり、実施例2の7時間経過時におけるような完全なる無酸素かつ無水蒸気のガスは実験室的には存在し得るかも知れないが工業的には特殊なものであることを考慮すると、実施例2の実験例についての記載から直ちに水蒸気及び酸素が特許請求の範囲に記載しなければならない必要不可欠な技術的事項・技術的手段との結論を導くことはできない。
したがって、本件訂正は同法36条5項の規定する要件を満たしていないとはいえないから、原告の審決の取消事由1の主張は理由がない。
3 訂正第1発明の要旨は、本件訂正後の特許請求の範囲(1) 記載のとおり、「窒素酸化物含有ガスをアンモニアガスの共存下、150~250℃で活性炭と接触させることを特徴とするガスの処理法」であると認められる(このことは、当事者双方争っていない。)。
成立に争いのない甲第9号証によれば、引用例1は、発明の名称を「廃ガスからの窒素酸化物の除去方法」とするドイツ連邦共和国公開特許明細書であって、その特許請求の範囲1には「廃ガスを活性炭よりなる充填層を通過させることにより廃ガス中の窒素酸化物特に二酸化窒素を除去する方法において、活性炭層の入口で廃ガスに相応量のアンモニアを添加することを特徴とする廃ガスからの窒素酸化物の除去方法」と記載されていることが認められるから、引用例1記載の発明は、「窒素酸化物含有ガスをアンモニアガスの共存下、活性炭と接触させることを特徴とするガスの処理法」であると認められる。
原告は、引用例1には、反応温度はできるだけ高く設定すべきものと記載され、好ましい具体的温度範囲として90~120℃が例示されていたにすぎず、特定温度に限定されていないこと、また、水蒸気露点は圧力等によって変化するが、引用例1には、反応圧力を特定範囲に制限しなければ廃ガスから窒素酸化物を除去できなくなる旨の記載はなく、その方法を常圧のみに限定すべきでないこと等から、訂正第1発明と引用例1記載の発明とは、後者が150~250℃の温度範囲を内在しつつも、その温度範囲が積極的に記載されていない点でのみ相違する旨主張する。
引用例1記載の発明の特許請求の範囲1では温度が限定されていないことは前記のとおりである。しかしながら、前掲甲第9号証によれば、引用例1には、<1> その特許請求の範囲3に、「ガスの温度がガスの水蒸気露点よりも30℃を越えない範囲で高い温度、好ましくは15℃高い温度である特許請求の範囲1又は2の方法」と記載され、<2> さらにその明細書中には、「窒素酸化物の除去は、吸着が浄化されるガスの水蒸気露点よりも30℃以上を越えてはならない。吸着温度は露点を15℃以上越えないように調整するのがよい。」(明細書2頁16行ないし20行)、<3> 「本発明は、さらに、ガス温度をできるだけ高く、好ましくは90~120℃に設定すること、また露点は水蒸気のジェット注入や水の散布により適切に調整することを見いだした。」(同2頁21行ないし24行)と記載されていることが認められる。
以上の認定事実によれば、当業者が引用例1に接した場合、当業者は引用例1記載の発明を実施するに好適な温度範囲は90~120℃であり、水蒸気露点(常圧で最高100℃)より30℃高い温度、すなわち130℃が限度であって、この温度を超えてはならないものと理解するというべきである。
原告は、引用例1記載の発明は常圧に限定されない旨主張するが、この技術分野においては特に圧力について述べていなければ常圧で行うと理解するのが技術常識であり(前掲甲第3号証によれば、訂正明細書には、特に加圧について言及していないことが認められるから、訂正発明も常圧で行うものと解するのが相当である。)、また、引用例1の前記<3>の記載に照らすと前記<2>の記載における「水蒸気露点よりも30℃を越えない」とは水蒸気のジェット注入や水の散布の場合のことを意識して記載したものと理解でき、原告主張のように加圧を意識して加圧時の露点よりも30℃までの高い温度で行うものとは理解できない。
したがって、当業者において、前記1(1) 認定の技術的課題を解決するために、窒素酸化物含有ガスをアンモニアガスの共存下、活性炭と接触させる際の反応温度を150~250℃とすることは、引用例1の教示に反することであり、引用例1記載の発明から容易に想到できることではないというべきである。
また、原告は、引用例2には、煙道ガスから硫黄酸化物を除去する方法として、炭素含有吸着剤(例えば、活性炭)にアンモニアの共存下200℃の温度で接触処理する方法が記載されており、訂正第1発明は引用例1及び2記載の発明から、当業者が容易に想到し得た旨主張する。
成立に争いのない甲第11号証によれば、引用例2は、発明の名称を「硫黄酸化物を含有するガスからそれを除去する方法」とするドイツ連邦共和国公開特許明細書であって、その特許請求の範囲1には「硫黄酸化物、酸素及び水蒸気を含有するガス、特に煙道ガスから硫黄酸化物を炭素含有吸着剤を使用して除去する方法において、吸着剤堆積層内に流入前の煙道ガスの中に、又は直接吸着剤堆積層中へ、アンモニアを添加することを特徴とする硫黄酸化物の除去方法」と記載されていることが認められる。
前記認定事実によれば、引用例2記載の発明は、硫黄酸化物とアンモニアを反応させる方法であって、訂正第1発明や引用例1記載の発明のように窒素酸化物とアンモニアを反応させる方法とは全く反応系(反応の種類)を異にすることが明らかである。一般に触媒はそれが使用される反応系が異なれば触媒活性も著しく異なってくるものであって、他の反応系への転用の可能性が乏しいものであるから、引用例2記載の発明を引用例1記載の発明と組み合わせて訂正第1発明の容易推考性を判断することはできない。
また、原告は、訂正第1発明において反応温度を150~250℃とする臨界的意義が認められない旨主張する。
しかしながら、訂正明細書には、前記1(3) 認定のとおり、訂正第1発明は、前記構成により、活性炭の窒素酸化物の還元活性の向上(窒素酸化物の除去率の向上)と触媒活性の長時間持続効果等を奏する旨の記載があり、前掲甲第3号証によれば、これをさらに具体的に明らかにするため、実施例中の各表(各表のいずれも触媒が担持金属なく活性炭単独の場合)、すなわち、実施例1の第1表(別紙1参照)には、窒素酸化物の除去率は反応温度150℃で44%、250℃で78%であること、実施例3の第3表(別紙1参照)には、触媒活性は反応温度150℃で100時間持続すること、実施例6の第6表(別紙1参照)には触媒活性は反応温度200℃で20時間持続すること、実施例7の第7表(別紙1参照)には触媒活性は反応温度245℃で480時間持続することがそれぞれ示されていることが認められる。
そして、成立に争いのない甲第2号証によれば、訂正前明細書の実施例1の第1表(別紙2参照)には、触媒が担持金属なく活性炭単独の場合、前記訂正明細書の実施例1と同一の実験条件の下において窒素酸化物の除去率は反応温度110℃で38%であることが示されており、また前掲甲第4号証の2及び第5号証の2によれば、実験成績証明書1の表(別紙3参照)には、触媒が担持金属なく活性炭単独の場合、同一の実験条件の下において、窒素酸化物の除去率は、反応温度125℃では、反応時間5時間81%、反応時間25時間85%、反応時間50時間88%、反応時間100時間91%であるのに対し、反応温度200℃では、反応時間5時間95%、反応時間25時間98%、反応時間50時間98%、反応時間100時間99%であること、実験成績証明書2の第1表(別紙4参照)には、触媒が担持金属なく活性炭単独の場合、同一の実験条件の下において、窒素酸化物の除去率は、反応温度125℃では、反応時間5時間63%、反応時間10時間54%、反応時間20時間48%、反応時間50時間40%、反応時間100時間35%であるのに対し、反応温度150℃では、反応時間5時間65%、反応時間10時間68%、反応時間20時間68%、反応時間50時間71%、反応時間100時間73%であることが示されていると認められる。
ところで、訂正発明のような化学に関する発明の分野において、特許請求の範囲に数値の限定を加えた場合、数値限定の技術的意義は、そのことによって当該発明の作用効果の顕著性が認められるか否かにより定まるのが通常である。そして、その作用効果の顕著性は、明細書の記載に基づいて判断されるのであるが、本件のように限定された数値範囲内の温度のものが前記認定のような最大限130℃であるものと対比する場合には限定のないものとの対比とは異なり、必ずしもその範囲外の直近のものとの間に急激な作用効果上の変化が見られることは必要でなく、130℃付近の温度との対比において作用効果の顕著性が明示されていれば足りる。また、どのような作用効果を奏するかが明細書に記載されている限り、当業者は明細書の記載から当該発明の奏する作用効果を知ることができるのであるから、限定された数値範囲外のもの(比較例)との間に作用効果上の差異があることは明細書に記載されることが望ましいが、出願人において、他の補充的資料によりこれを証明することが許されないというものではない。
これを本件について見るに、訂正明細書には、訂正第1発明がその構成、特に反応温度を150~250℃と限定したことにより、活性炭の窒素酸化物の還元活性の向上と触媒活性の長時間持続効果等を奏する旨記載され、さらに実施例中の各表中の具体的記載によりこれが裏付けられていることは前記認定のとおりであり、このような作用効果が前記限定された反応温度外の低い従来技術に属する反応温度のものより窒素酸化物の除去率及び触媒活性の長時間持続効果において優れていること(なお、限定された反応温度の上限である250℃以上のものとの作用効果の差異については原告もこれを争っていない。)は、訂正前明細書及び実験成績証明書1及び2の記載事項により明らかであるから、訂正第1発明において反応温度を150~250℃と限定したことについての技術的意義はこれを認めるに十分である。
したがって、訂正第1発明は引用例1及び2記載の発明に基づいて当業者が容易に想到し得たとはいえないから、本件訂正は同法29条2項の規定する該当するとした原告の審決の取消事由2の主張は理由がない。
4 訂正第2発明の要旨は、本件訂正後の特許請求の範囲(2) 記載のとおり、「窒素酸化物含有ガスをアンモニアガスの共存下、150~250℃でTi、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Mo及びWから選ばれた一種が担持された活性炭と接触させることを特徴とするガスの処理法」であると認められる(このことは、当事者双方争っていない。)。
成立に争いのない甲第13号証によれば、引用例4は、発明の名称を「酸素及び窒素酸化物を含むガスの精製方法」とする米国特許明細書であって、窒素酸化物含有ガスとアンモニアガスの共存下、反応温度250~800°F(約121~約427℃)、好ましくは300~600°F(約149~約316℃)で、窒素酸化物含有ガスから窒素酸化物を接触還元除去するために、アルミナ、シリカゲル、珪藻土及びその他同種の触媒担体に担持された触媒としてコバルト、ニッケル及び鉄の一種又はこれらの金属の混合物を用いることが記載されていることが認められる。
また、成立に争いのない甲第14号証によれば、引用例5は、発明の名称を「酸素を含むガス混合物からの窒素酸化物の選択的除去方法」とする米国特許明細書であって、窒素酸化物含有ガスとアンモニアガスの共存下、反応温度150~400℃で、窒素酸化物含有ガスから窒素酸化物を接触還元除去するために、酸化アルミニウム及び/又は珪酸の担体に担持された触媒としてバナジュム、モリブデン及び/又はタングステンの酸化物を用いることが記載されていることが認められる。
前記認定事実によれば、引用例4及び5記載の発明は、窒素酸化物含有ガスとアンモニアガスの共存下、反応温度150~250℃を含む範囲内で、窒素酸化物含有ガスから窒素酸化物を接触還元除去するために、アルミナ、シリカゲル、珪藻土(引用例4記載の発明)、酸化アルミニウム、珪酸(引用例5記載の発明)等の担体に担持された触媒としてコバルト、ニッケル、鉄(引用例4記載の発明)、モリブリデン、タングステン(引用例5記載の発明)から選ばれたものの一種を用いるものであることが認められる。
そこで、訂正第2発明と引用例4及び5記載の発明とを対比すると、両者は「窒素酸化物含有ガスをアンモニアガスの共存下、150~250℃で担体に担持されたTi、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Mo及びWから選ばれた一種を触媒として接触させることを特徴とするガスの処理法」である点において一致し、前者が活性炭の担体に担持された触媒を用いるのに対し、後者がアルミナ等の担体に担持された触媒を用いる点においてのみ相違することが明らかである(引用例4及び5には、Ti、Cr、Mn、及びCuを用いることの記載はないが、Fe、Co、Ni、Mo及びWから選ばれた一種を触媒として使用するものである以上、訂正第2発明と前記構成において一致する。)。
そこで、前記相違点について検討すると、成立に争いのない甲第12号証によれば、引用例3は岩波書店昭和46年12月5日発行の「理化学辞典」248頁であって、その「活性炭」の項に、「吸着材として気体あるいは蒸気を吸着し、溶剤の回収、ガスの精製に、あるいは液体と混合して、溶剤の精製、脱色などに用いられる。また触媒の担体として使われる。」(右欄11行ないし14行)と記載されていることが認められる。
引用例3の前記記載事項によれば、本件出願当時活性炭を触媒の担体として用いることは当業者に周知の技術的事項であったと認められる。
被告は、引用例3は、理化学辞典であって、活性炭の一般用途として触媒担体があることを示すのみで、具体的にどのような触媒とともに使用されるかについては何も明らかにされていない旨主張する。
しかしながら、触媒担体は、触媒を担体し、触媒の有効面積を増大させる作用をするものであることは技術上自明であり、活性炭を触媒の担体として用い得ることが理化学辞典に記載されていれば、引用例4及び5に記載された反応系と温度範囲においてそこに記載された金属触媒の担体として活性炭を使用することを排除するような記載や活性炭を担体として使用することを困難ならしめるような技術的理由がない限り(前掲甲第12号証にはそのような記載は認められないし、他にそのような理由を認めるに足りる証拠はない。)、これらに記載された金属触媒の担体として活性炭を使用してみることは、当業者であれば格別の困難なく想到し得たことというべきであるから、被告の前記主張は理由がない。
したがって、引用例4及び5記載の発明において、アルミナ、シリカゲル、珪藻土(引用例4記載の発明)、酸化アルミニウム、珪酸(引用例5記載の発明)等の担体に代えて、引用例3の記載事項に基づき担体として使用できることが周知の活性炭を担体として用い、もって訂正第2発明と同一の発明を得ることは当業者が容易に想到し得たことというべきである。
被告は、訂正明細書第3表(別紙1参照)は反応温度150℃、第6表(同)は反応温度200℃、第7表(同)は反応温度245℃をそれぞれ採用した場合において訂正第2発明の活性炭に担持された金属触媒による窒素酸化物の除去率の作用効果が顕著であることを明らかにするものであり、また訂正第2発明がその構成によって活性炭単独使用の場合及びアルミナを担体として使用する場合に比して優れた窒素酸化物の除去効果を奏することは実験成績証明書3の記載内容から明らかであり、このような作用効果は、活性炭の使用を教示しない引用例4ないし6記載の発明に基づいて当業者が容易に予測できるものではない旨主張する。
発明の進歩性の判断は、当業者を判断主体とし、当該発明の出願時を判断基準時として、当該発明の技術的課題(目的)、構成、作用効果の予測性、困難性について検討すべきであり、そのいずれかにおいて予測性がない(困難性がある)と認められるときは、当該発明に進歩性があるというべきであるが、対比される公知技術(公知発明)が複数の構成(方法)を包括したものである場合に作用効果の予測性がないといい得るためには、当該発明が公知技術のいずれの構成(方法)を選択した場合よりも作用効果において顕著であり、そのような作用効果を奏することが当業者にとって通常予測できないものであることを必要とする。特に、発明の構成において予測性がある場合、公知技術の結合によって奏する作用効果はそれらの公知技術の奏する作用効果の総和にすぎないのが通常であって、そのような場合に作用効果の予測性がないというためには、当該発明の奏する作用効果が公的技術の奏する作用効果の総和を越えた格別のものであることを要するから、複数ある公知技術の結合の一構成(方法)より優れているというだけでは足りないというべきである。
これを本件について見ると、前掲甲第3号証によれば、訂正明細書第3表は反応温度150℃、第6表は反応温度200℃、第7表は反応温度245℃をそれぞれ採用した場合において、触媒が担持金属なく活性炭単独の場合に比して訂正第2発明の活性炭に担持された金属触媒による窒素酸化物の除去率は極めて高いことが認められるが、訂正明細書には引用例4ないし6記載の発明においてアルミナ、シリカゲル、珪藻土(引用例4記載の発明)、酸化アルムニウム、珪酸(引用例5記載の発明)等の担体に担持された金属触媒による窒素酸化物の除去率との対比は記載されていない。
また、成立に争いのない甲第16号証によれば、実験成績証明書3には、窒素酸化物含有ガスをアンモニアガスの共存下、活性炭に金属(クロム・鉄・コバルト・ニッケル・モリブデン・タングステン等)を担持させたものと、アルミナにこれらの金属を担持させたものとに、それぞれ200℃の反応温度で接触させた場合、同書の表(別紙5参照)記載のとおり、窒素酸化物の除去率及び触媒活性の長時間持続効果のいずれにおいても、前者が優れていることがみとめられるが、同書には引用例4及び5に記載された他の担体、すなわち、シリカゲル、珪藻土、酸化アルミニュウム、珪酸等に担持された金属触媒による窒素酸化物の除去率及び触媒活性の長時間持続効果についての対比は記載されてない。
この点について、被告は、引用例4及び5には、アルミナ以外の担体も開示されているが、それはそれぞれの方法においてアルミナと均等なものとして挙げられているから、その代表例としてアルミナを使用した場合を比較例として対比すれば十分であると旨主張する。
しかしながら、実験成績証明書3は反応温度200℃という限られた温度におけるアルミナ担体との比較を示すのみである点において訂正第2発明の奏する作用効果の顕著性の立証に不十分なものであるばかりでなく、担体も助触媒的効果を持つこと(それ故に実験成績証明書3記載の差異が生じている。)からすると、引用例4及び5にアルミナ以外の担体がアルミナと並列的に記載されているからといって、アルミナを担体として用いた場合とアルミナ以外の担体を用いた場合が作用効果において均等であることは認定できないから、直ちには実験成績証明書3の記載事項から訂正第2発明が引用例4及び5記載の発明よりも作用効果が優れており、その点において予測性がないということはできない。そして、他にこの点において訂正第2発明の作用効果が顕著であることを認めるに足りる証拠はない。
したがって、訂正第2発明は、引用例3ないし5記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許することができないものである。
5 以上のとおりであるから、本件訂正は特許法36条5項の規定する要件を満たしていないとはいえず、また、訂正第1発明は当業者が引用例1及び2記載の発明に基づいて容易に発明することができたものとはいえないが、訂正第2発明は当業者が引用例3ないし5記載の発明に基づいて容易に発明することができたものであって、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。
ところで、願書に添付した明細書の記載を複数箇所にわたって訂正することを求める訂正審判の請求において、当該訂正が特許請求の範囲の記載に実質的影響を及ぼすときは、複数の訂正箇所の全部につき一体として訂正を許すか許さないかの審決をすべきである。このことは、いわゆる併合出願の場合でも同様であって、二以上の発明を同一の願書で出願した場合、当該明細書の記載を二以上の発明についてそれぞれ訂正することを求める訂正審判の請求においても、その一発明についての訂正が許されないものであるときは、全体として訂正を許さない審決をすべきものである。
したがって、願書に添付した明細書の記載の訂正が一発明について特許法126条1項から3項の規定に違反しているものを含むときは、他の発明についてはこれに違反しない場合でも、当該訂正は全体として無効となるというべきである。
これを本件について見るに、本件訂正は、特許請求の範囲を本件訂正前の特許請求の範囲(請求の原因第2二1)から本件訂正後の特許請求の範囲(請求の原因第2二2)のとおり訂正するとともに、発明の詳細な説明を審決の理由の要点(請求の原因第2三1)のとおり訂正するものであって、本件訂正が特許請求の範囲の記載に実質的影響を及ぼすものであり、かつ明細書全体の記載に徴し、相互に関連性を持っているものであることが明らかである。そうすると、訂正第2発明は当業者が引用例3ないし5記載の発明に基づいて容易に発明することができたものであって特許法29条2項の規定に該当し、特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから、本件訂正は、特許法126条3項の規定に違反し、全体として無効というべきである。
したがって、原告の主張する理由及び証拠方法によっては本件訂正を無効とすることができないとした審決は、違法であって取消しを免れない。
三 よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条の各規定を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 竹田稔 成田喜達 佐藤修市)
別紙1~5<省略>